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大阪高等裁判所 昭和24年(ツ)24号 判決 1949年12月26日

上告人 被控訴人・被告 山下義明

訴訟代理人 瓜谷篤治

被上告人 控訴人・原告 服部角太

訴訟代理人 高谷清一郎

主文

原判決を破毀する。

本件を神戸地方裁判所に差戻す。

理由

上告理由第二点は

原判決が賃借関係の移転があつたと判断した点は暫く措くとしても、上告人と被告人間の使用関係について借家法の適用なしと判示したのは借家法第八条の法意を誤解した違法の判決であつて、破棄さるべきものと確信する。

原判決は「被控訴人は自ら賃借権に基き本件家屋に居住している積りでいたのであるが、真実は控訴人と接衝してその妻の取極めにより前記家屋の一部を他に住居を求める迄の暫定的な住居として一時的な転借をしたものであることが明であるから、此の関係については借家法の適用がない」と判示した上、解約の申入の正当性の存否につき判断することなく解約申入によつて契約が終了したと判示して明渡の請求を認容した。

然し乍ら借家法の適用が排除される一時的使用であるには使用者が使用の目的を明示し、且その使用がその性質上一時的のものであることが明な場合(例へば花見の茶店用)及び当事者が特に一時的使用であることを明示し、且その理由を明にした場合(例えば三ケ月後には他人に貸すからそれ迄の期間貸すようなとき)を云うものであることは学者の説く所であり(薬師寺教授借地借家法論昭和七年版二一八頁三潴教授借地法及び借家法四七頁)又契約書に一時的使用の文言丈ではこれを判断すべきでなく、その使用の目的態様継続の期間その他の事情を斟酌してこれを決すべしということ借地法第九条について判例の明にする所である(昭和十五年(オ)第四二九号同一一月二七日民事四部)本件の場合においても原審判決が認定したように他に住居を求むる迄暫定的な住居として一時的な転借をしたもの」であつても、其丈では借家法の適用を排除するものとはいえない。

(イ)空襲により住宅用家屋の四割を喪失し、一方復員者や疎開引揚者の帰還による住宅に対する需要の増加と供給の絶対的不足とは「他に住宅を求むること」がその当時も現在においても極めて至難な事に属していたから「他に家を求むる迄の居住」という事は、それだけでは借家法第八条の「一時使用であること明な」という理由にはならない。

(ロ)被上告人が本件家屋に入るようになつた経緯が被上告人が空襲罹災し、電燈もなく子供の勉学にさえ困つていたのを上告人の妻にすすめられて上告人方に同居するに至つた事が、その始りであることは第一審における松尾竹の第一、二回訊問に明な所であつて、上告人及びその妻が疎開及び復員より引揚げて住居がない際に本件家屋を使用するのに期限を附してこれを許すべき事も考えられず、又そのような事実の証拠もない。松尾竹は第一審の第一回証人訊問において「二、三ケ月したら出て行くだろうと思つた」というのは被上告人側の希望的観測にすぎず、当時の住宅事情等から上告人の方も同様の考えであつたという証拠は何所にもないのである。況んやそれ等の事を当事者双方が明示した事実は何所にもないわけである。却つて被上告人は昭和二十四年五月十九日の口頭弁論に於いて「別に期限を定めず一時的に貸したものであつて条件もつけていない」旨を主張しているのは前段に述べたような一時使用明な場合に該当しない事を明にするものといえよう。

以上の次第で本件使用関係を借家法の適用なきものと判示した原判決は借家法第八条の法意を誤つた違法な判決であるというべく破棄さるべきものと確信する。

というのである。

民事訴訟法が事実(第一四〇、一九一、二五六、四〇三条)又は事実上の主張(第一八五条)というのは事実(場所と時とによつて定められた外界又は内心生活上の出来事及び状態)そのものではなくして、普通のありふれた又はむずかしい専門的な実験則を適用して得た判断の結果に外ならない。事実は過ぎ去るとともにその後においては、も早これに触れることはできない。真もなく僞もなく無二無三ただそれのみである。だが事実上の判断はいくつでも成り立ち得る。従つて又真もあり僞もあること勿論である。そうして事実は当事者の主張(事実上の判断)によつてのみ訴訟資料となされ得るのであつて、実にこの事実上の判断のみが証拠の目的及び結果たり得る。すなわち証人の証言、当事者本人の供述書証は裁判官に事実上の判断を提供報告するに過ぎない。検証は裁判官に直接事実の実験を可能ならしめるけれども、その結果は裁判官の事実上の判断でしかない。すり代えられた写真機のレンズがツアイス製であつたかどうかが問題となつたとする。証人はあのレンズはツアイスであつたと証言した、裁判官は証人がそのレンズを見たことがあるのか、どんな印がついていたのかなどの点についてはくわしく取調べもしないで、その証言をとつてそのとおり事実を認定した。然しほんとうはツアイスではなかつたのであるが、審理の不盡はあるとしてもそのままではその認定は上告裁判所を覇束する。(民訴第四〇三条)。原審は論旨摘録のように被上告人は上告人において他に住居をさがし求めるまで暫くの間の同居を認めることとなり、右家屋南側六疊一室等(中略)を賃料一ケ月金八円二十五銭と定めて貸すこととなり、爾来上告人においてその部分を使用占有していると認定した。そうしてこの事実は原判決挙示の証拠中証人松尾竹の第一、二審における証言のみによつて認められたに過ぎないのであるが、第一、二審共上告人の家族の数やその資産状態、その希望する家屋の等級、資料、当時の借家の入手可能性、その費用日数等特に事実をよく掘り下げて調査した形跡はない。それなのに原審はこの事実を目して、漫然被上告人は右家屋の一部を上告人が他に住居を求めるまでの暫定的な住居として一時的な転貸をしたものである。従つてこの関係については借家法の適用がないと判断しておるのである。然しこのような解釈は契約解釈の方法を無視した、いわゆる文言のみによる文理解釈でしかない。よろしく当事者の真意を探求し、取引の通念に従つて前示のような諸般の事情を斟酌して解釈すべきである。この点において原判決には審理の不盡があり、引いて契約の解釈を誤り法律の適用を誤つた違法があるといえる。原判決はその他の上告理由を判断するまでもなく、すでにこの点において破毀を免れない論旨は理由がある。

以上説明のとおりであるから、民事訴訟法第四〇七条に従つて主文のとおり判決する。」

(裁判長判事 石神武蔵 判事 林平八郎 判事 大田外一)

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